音小屋・音楽ジャーナリストコース(小野島講座)

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真空ホロウ 『contradiction of the green forest』(2009)

真空ホロウ『contradiction of the green forest』

 「1stアルバムが一番良い」。こんなセリフは
たとえファンの率直な本心だったとしても、アー
ティストたちからしたら何の褒め言葉でもない。
「あなたたちのキャリアに更新性は無かった」と、
告げるようなものだからだ。だがそれを承知であ
えて断言したい。真空ホロウというバンドの最高
の1枚は、インディーズ時代の1stミニアルバム
『contradiction of the green forest』であると。

 真空ホロウは2006年結成、2012年ミニアルバ
ム『小さな世界』でメジャー・デビューした、茨
城県出身のスリーピース・バンドだ。今年の2月
には1stシングルを発表している。そして本作は
インディーズ時代の2009年に発表された、彼ら
にとって初のフィジカル作品である。

 この作品はメジャー以降の作品と比べると、録
音や演奏自体にはまだ拙さが大いに見える。だが
それをあまりある魅力を提示してくれていた。仄
暗く這いつくばるようなムード、妄想と現実が混
ざり合ったような歌詞、エモーショナルなのに冷
めた質感の上がりきらない歌唱と楽曲、それらが
王道のギターロックの中で渦になっていた。そう
僕は彼らの中に、リアルタイムで追うことのでき
なかったsyrup16gの影を見たのだ。

 そしてサビの部分で、〈君みたいになりたいん
だ〉と繰り返す“I do?”が名曲。アルペジオが内
省的な空気を包む一際落ち着いた曲だが、サビの
ときだけバンド・サウンドがそっと盛り上がる。
そこで独白するのだ。〈君みたいになりたいんだ
/そうすれば僕は/君のヒーローになれるか
な?〉と。脚色も装飾も無い無力ゆえの孤独が、
粗さの残るサウンドとそっくりリンクする。「誰
かのための自分じゃない」とか、「君は他の誰で
もないかけがえのない個性」だとかいうセリフが、
あらゆる創作物の中で得意顔で跋扈するが、不意
に願ってしまうのはいつだって、自分以外の「誰
かみたいになりたい」という愚かでか細いもので
ある。

 決して明るくはなくとも、偽りの無いこの曲に
少しの光を感じた。そしてその陰鬱の中から微か
に漏れ出す発光が、かけがえのないものに思えた
のだ。それはまるでレディオヘッドの“クリープ”
のようでもあるし、THE YELLOW MONKEY
の“JAM”のようでもある。若さゆえの幼稚な虚無、
そこからしか見いだせないものがあるのだ。

 現在の彼らは疾走感のある曲や、ライブで身体
を揺らせる曲も増えた。それをよりポップになっ
た、と言われればそれまでだ。だが歌詞やその歌
唱と最もマッチして、コンセプチュアルな世界観
を形成したこのアルバムが、彼らの唯一の佳作だ
と思っている。ジャケットも深緑に覆われた怪し
い今作から、メジャー以降はどれも顔を隠した女
子高生。曲と歩調を合わせるように、陳腐になっ
ているように思えてならない。まだ若手である彼
らに評価を与えるのは尚早で無意味なことではあ
るが、この1枚を超えられる気配は今は無い。
(黒田隆太朗)