音小屋・音楽ジャーナリストコース(小野島講座)

音小屋・音楽ジャーナリストコース(講師・小野島大)の受講生の作品を掲載していきます

Godspeed You! Black Emperor『F♯ A♯ ∞』(1997)

Godspeed You! Black Emperor『F♯ A♯ ∞』

 決して聞き易いアルバムではない。一曲も非常
に長い。ただその楽曲には、世界や常識に抗って
いく確かな魅力がある。


 彼らの1stアルバム『F♯ A♯ ∞』は、私たち
の「感情」そのものを表しているようだ。街頭の
雑踏のフィールドレコーディングや、未完成の舞
台の台詞の一部のサンプリングから始まり、繊細
なヴァイオリンやチェロの旋律がゆっくりと真夜
中のさざなみのように重なり広がっていく。その
さざなみがギターやノイズを巻き込み、唸り、轟
音で響くシンフォニーになる。そして、響き渡っ
たシンフォニーが解体され、また穏やかに無にか
えっていく。


 特に「East Hastings」が魅せる真夜中の激
情が夜の海にとけていくさま全てを描いたような
楽曲は、彼らの作品の代表例だ。心の昂りから、
鎮静までの全てを表すには、5分やそこらでは短
い。1曲20-30分程度のこの長さが適切で、心地
よい。


 このアルバムは63分27秒で3曲となっている。
交響曲のようなその構成はその後の作品にも変わ
らず引き継がれ、2ndアルバムの「Storm」に見
られるような天使が黙示録のホーンをかき鳴らす
ような壮大な楽曲に結実されていく。その構成は
最新作でも基本的には変わっていない。


 『Godspeed You! Black Emperor』(以下、
GYBE)は、1994年カナダで結成されたバンドだ。
当時のメンバー構成は、3人のギタリスト、2人
のベーシスト、2人のドラマー兼パーカッショニ
スト、ヴァイオリニスト、チェリストの計9名。
バンドというよりむしろ楽団と呼ぶのがふさわし
い編成。しかもLIVE中にプレイヤーが一曲の中で
必要に応じて演奏する楽器を変更することでより
多彩でスケールの大きな演奏を実現している。


 2003年に活動休止するが、2010年、ALL
TOMORROW'S PARTIESで復帰。そのイベント

の出演アーティスト自体も彼らが選出した。

 

 彼らの楽曲、アートワークに配される社会的な
メッセージもバンドの姿勢を表している。曲名に
大量虐殺を推進した参謀総長の名前を冠し、アー
トワークは軍事産業と音楽産業の関係性を暗示す
る。


 彼らの音楽は一度聞いたら忘れらないようなキ
ャッチーなメロディとは無縁だ。


 映像アーティストのヴィンセント・ムーンの言
葉を借りれば世界はそもそも、整理もされていな
ければ、見て2秒でわかるようなものでもない。
にもかかわらず映像はTVの呪縛が強くあまりに多
くのシーンで映像はそうあるべきだと強制されて
きた。音楽にも同じことが言えることではないだ
ろうか。そして、GYBEはそのような音楽の扱わ
れ方にずっと反旗を翻してきたのではないか。


 GYBEは聞き手に真摯に音楽と向かい合うこと
を求める。そして、そのような姿勢のあるリスナ
ーにだけ、福音を与える。(丸子宏幸)