音小屋・音楽ジャーナリストコース(小野島講座)

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BIGMAMA『Love and Leave』

音小屋第6期音楽ジャーナリストコース 最終課題「生涯のベスト・アルバムのライナー・ノートを書く」

 

BIGMAMA『Love and Leave』

文・峯岸理恵

 

 

 「生涯のベスト1アルバムのライナーノーツを書く」と言われた時、まだ24年しか生きていないのに生涯のベストを決めるのはなぁ、なんて一切思わなかった。このアルバムとの出会いが後々の私の人生を変えたと言っても過言ではない。迷った時、弱った時、負けそうな時、挫けそうになった時。そんな時にこのアルバムはいつも隣に居て、その溢れんばかりの愛と優しさで私を救ってくれたのだ。恐らくこれから先どんな名盤と出会っても、自分の原点としてこのアルバムは生き続けるであろう。

 

 BIGMAMAは金井政人(Vo/Gt)、柿沼広也(Vo/Gt)、安井英人(Ba)、リアド偉武(Dr)、東出真緒(Violin)の5人組ロックバンド。元々同じ高校の同級生であった金井、柿沼、リアドを含むメンバーで結成され、八王子を拠点として活動をし始めた。2006年にUK-PROJECTの傘下であるRX-RECORDSから1stミニアルバム『short films』をリリースして以降、現在ではシングル11枚、フルアルバム5枚、さらに「ロック×クラシック」という前人未到のコンセプトアルバム“Rocclasic”をリリース。その度に着実にファンを増やしていき、現在はライヴチケットが発売開始と同時にソールドアウトは当たり前という状況だ。

 

 そんな彼らの最大の特徴は、そのメンバー構成にある。2001年の結成当初は、アメリカのパンクロックバンドであるYELLOW CARDのコピーバンドであったBIGMAMA。2006年に当時のギターとヴァイオリンが脱退し一時活動休止になるも、構成は変わらずメンバーにはヴァイオリンが居るのだが、これがすごくいい。めちゃくちゃいい。数ある楽器の中からよくもまぁヴァイオリンを選んでくれたなぁ、と思う(とはいえYELLOW CARDメンバー自体に元々ヴァイオリンがいるので、この構成は当たり前といえば当たり前なのだが)。金井が紡ぐ言葉の世界をカラフルな色で染めながら、遊ぶように曲の中を駆け回る東出の奏でるヴァイオリンの音色。ギターやベースのように指やピックで弾かれるのではなく、ヴァイオリンは弦と弓の弦が擦れ合って鳴っている。前者は弾く分音の粒やリズムがしっかり聞こえるのに対して、後者の音は真っ直ぐで揺るがない直線的な音色を奏でる。その音形のコントラストがなんとも新鮮で、互いの音が共鳴し合いながら楽曲の世界観の濃淡をより深くしているのだ。例えるならば、2Dが3Dになったような感覚。リアドの力強くしなやかなドラミングと安井の5弦ベースから弾かれる心地良い重厚感の上に、柿沼の鮮やかなギタープレイと東出の女性的で強かなヴァイオリンの旋律が乗り、そこに金井のハイトーンヴォイスが輝く。耳に入る音の粒のひとつひとつが活き活きしていて、鳴るべく箇所で鳴っている全ての音を耳で追いかけたくなる。そうして何度も聴くうちに、また新しい良さに気付き、追いかける。それはギターとヴァイオリンのユニゾンの美しさだったり、ベースのスラップの細かさやバスドラムの胸打つような振動だったり、柿沼の艶のあるコーラスと金井との絶妙なハモりであったり。ありとあらゆるところに聴きどころを隠し持ち、何度聞いても飽きがこない。

 

 そして、そんな立体感溢れる世界のシナリオライターである金井政人が紡ぐお伽噺話的歌詞。「妄想王子」という愛称が生まれてしまうほど、彼の言葉は愛とユーモアで溢れている。1曲1曲の情景やストーリー、登場人物のキャラクターが聴きながらにして目に見えてくるようで、それはまるで音の映画館のよう。とはいえ「お伽噺的歌詞」と述べたが、ただのメルヘンチックな歌詞に留まらないのが彼の言葉の魅力だ。そこに込められる意味がとても深いのだ。金井は良くも悪くもどこか斜に構えていて、直球勝負は苦手な人間。好きな人にも「好きだ!」とはっきり言えないような、言わば「石橋を叩いたら渡る前に壊れちゃうから、ちょっくら外周回ってきます」タイプ。けれど、ぐるっと遠回りする分色々な景色を見たり、斜に構えている分人とは違う思わぬ発見ができたりする。そういった「生活のなかで誰もが何の気無しに見落としているような、人生における大切な教訓」を見出し、歌詞にするのが本当に上手い。

 

 そしてそれをリアルな実生活に裏打ちしたりせず、生々しさを一切感じさせないようにそっと歌詞に忍ばせる。現実からは少し遠いお伽噺や逸話で柔らかく包み込むのだ。「こうだった、こう思った」という金井の中の事実の話し手を歌詞の中の登場人物に委ねることで、受け取る側の解釈の間口が広がる。まさに魔法のような巧みさ。「こういう言葉の言い回しがあったのか」と、歌詞カードに並ぶ文字の羅列を見るたびに彼のその文才に感服するのだ。現在ではその才能が買われ、雑誌のコラム連載、さらには絵本の作成と幅広く活動しているほどだ。

 

 そんなBIGMAMAが2007年、現行メンバーになって初めてリリースした1stフルアルバムがこの『Love and Leave』である。直訳すると「愛と許し」というこのタイトルは、全てを包み込み、人生を悟ったかのような人間味ある温かさで溢れているこの作品に相応しい。小さい子供が母親に抱かれて安らかな表情を浮かべているジャケットがこのアルバムの雰囲気を視覚的にも象徴している。まさに、BIGMAMA。名は体を表すというが、ファーストアルバムにしてBIGMAMAの良さが全て詰め込まれている偉大なる愛の結晶である。

 

 全曲英詩の12曲で構成される優しい物語は、“the cookie crumbles”の金井の優しい歌声から始まる。この時期のBIGMAMAは〈メロコア〉とカテゴライズされることがしばしばあるが、いきなりサビから始まるこの曲の美しさとそこに内包される激しさは「メロディック・パンク・コア」の一言には集約できない。ツービートのリズムに合わせて頭を振って激しい音を鳴らしている印象を受けるそれとは違い、いかんせん聴きやすいのだ。激しくもあり、それでいて美しい。それは激しさを印象付けるドラミングと金井の優しく柔らかいハイトーンな歌声が絶妙に共鳴しているからだろう。さらにヴァイオリンの女性らしい音色が、中世的な世界観を醸し出している。その音の中で、彼らは私たちに《愛されたくて自分を売って/隙間を埋めたくて愛を買って/僕の背中は日に日に重みを増していく》そうしてそれを《the cookie crumbles(現実ってこんなもんでしょう?)》と悟ってみせる。けれど最後には《多分手放すのは簡単さ/だけど背中の荷物が重ければ重いほど君はきっと強くなれる/その方がきっと頂上で笑えるから》と励ましてくれる。ファーストアルバムの1曲目からこんな大きな歌を歌ってしまわれては、参りましたと言わざるを得ない。いきなり人生を諭されてしまったのだ。何度聴いても、私はこの曲には頭が上がらない。

 

 続く“Baseball prayer”は、冒頭で繰り出される柿沼と東出の煌びやかなユニゾンと、その下で徐々に曲のスピードを上げていくバスドラムのキックが気持ち良い。序盤の疾走感溢れる展開の果てには、「主人公が決死の思いでデートに誘った女の子がいつまで経っても待ち合わせ場所に訪れず、気付けば夜になってしまった」というまさかのオチがあり、それを《夜空に浮かぶ無数の星屑よ/そんなに僕を照らさないでくれ》という歌詞の上でギターが切なく演出するところなんて、主人公の男の子に感情移入して胸が締め付けられてしまう。

 

 3曲目の“We have no doubt”は、まさにエモーショナルの賜物。序盤から細やかなギターリフの上を泳ぐように奏でられる切ないヴァイオリンの儚い音色に涙腺を刺激される。「自分を守るために何かを疑うことは大切だけれど、ひとつだけでも信じられる場所があれば…」そんな願いを歌ったバラードかと思いきや、ラストに向かって徐々に勢いを増していき、さらにはそのまま間髪無しで4曲目のツービート全開のショートチューン“HAPPY SUNDAY”に突入するという意表を突かれるまさかの展開。バラードからツービートへの展開なんて誰が想像できただろう。まさにしてやられた、という感じだ。

  

 5曲目の“Today”の面白いところは、今作の楽曲に登場するキャラクターがこの曲の中で出会うという金井ならではの世界観を堪能できるところ。疲れ果てた空っぽの男、枕を抱く少年、老人…この時点では分からなくても、12曲全ての歌詞を読みながら聴き終えると「ああ、この人は…!」となるから面白い。金井の遊び心や、1曲1曲に対する愛の深さがぎっしりと詰まっている。さらに、娘を殺された怒りから犯人を殺してしまった主人公をシリアスな曲調の中に描いた6曲目の“CHAIN”の続編が8曲目の“The Man’s Sorrow”であり、そこからもこれがただの「音楽アルバム」ではないことが分かる。歌詞カードは〈見る〉、のではなく、〈読む〉ためのものだと思わされる。あらゆるところに伏線が張られていて、聴きながらまるでひとつの本を読んでいるようだ。それまで歌詞カードに対してそのような読み方をしてこなかったので、どうしようもなくワクワクしたことを覚えているし、今でも何度も読み返している。

 

 10曲目の“CPX”は同名のアンドロイドの物語。痛快でエッジの効いたビートに乗せて《君も気をつけて、誰かのマシンにはなってはいけないよ》と、心にぐさっとくる言葉を今にも捨てられそうなアンドロイドが訴えかけてくる。11曲目の“Moo”なんかは、まさかの牛に恋をしてしまう男の子の話。そのまま書籍化されてもおかしくないような世界観。登場するキャラクターひとりひとりが愛おしくてたまらない気持ちになる。

 

 そんなアルバムのラストを飾るのは“Candy House”。金井自身が「こういうふうに死にたい」と思って書いたという、シャッフルビートの心温まるメロディーが、どこか懐かしく心に響く。

 

 《残された君の人生が幸せであることを心から祈っています》そう歌って終わる12曲に渡る愛の物語は、BIGMAMABIGMAMAであるための存在証明そのものだ。これから先彼らがどんな楽曲を世に送り出そうと、結局言いたいことは全てこの中で言ってしまっているのではないかとさえ思ってしまう。このアルバムを知った人の人生には必ず幸せが訪れる。根拠もないが、そう思わずにはいられないほどの愛がこの中にはある。

 

 「私が死んだ時には、BIGMAMAの『Love and  Leave』を棺桶に入れてください」という遺言を残すことは決まっている。そうして終わる私の人生は、学生時代にこのアルバムに出会っていなければきっと大きく変わっていただろう。それが良い人生なのか悪い人生なのかは神のみぞ知るのだけれど、私はこのアルバムと歩む今の人生に大いに満足している。

 

(峯岸 利恵)