音小屋・音楽ジャーナリストコース(小野島講座)

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アンジェラ・アキ『TAPESTRY OF SONGS-THE BEST OF ANGELA AKI-』

音小屋第6期音楽ジャーナリストコース 最終課題「生涯のベスト・アルバムのライナー・ノートを書く」

 

アンジェラ・アキ『TAPESTRY OF SONGS-THE BEST OF ANGELA AKI-』

文・千代祥平

 

 ベストアルバムにも様々あるが、自分はこんなに「幸福な」ベストアルバムを聴いたのは初めてだ。手抜き、金儲け、アーティストの意向を無視…しばしばベストとはそういった評価を受けるものであるし、中にはそう言われても仕方のないような作品もあるだろう。しかし、「ベストアルバム」はそんなものだけではない。そのアーティストのこれまでの活動を余すことなくまとめ、新規のリスナーはもちろん、元々のファンにも何らかの発見や再価値化のきっかけを与えてくれるような…そんな、リスナーにとっても、アーティストにとっても「幸福」と言えるベストアルバムは、確かに存在している。そして、今回アンジェラ・アキが日本での活動休止を機に発表したこのアルバムは、まさしくそういったものの1つだ。

 

 それでは、まずはアンジェラの全シングル曲が発表順に収められたDisc1を聴いてみよう。そのガイドのため、彼女のバイオグラフィーを少々長めだが以下に書き記しておく。

 

 アンジェラ・アキは、1976年日本人の父とイタリア系アメリカ人の母のもと徳島県に生まれた。結婚前の本名は、”安藝 聖世美 アンジェラ”。彼女は15歳までの時間を日本で過ごした後、一家でハワイへ移住する。その後大学進学のため単身ワシントンDCへ向かった彼女は、1996年大学1年生の時に学園祭で見たサラ・マクラクラン(カナダの女性SSW)のライブに感銘を受けて音楽の道を志した。歌わせてくれるクラブやライブハウスを車で駆けずり回ったアメリカでの下積みの時期に彼女は、一度目の結婚と離婚をも経験。自身の楽曲にはこの苦難の時代を振り返るものも多く、代表曲”サクラ色”もその1つである。この曲の中でアンジェラは、アメリカ時代住んでいたワシントンにあるポトマック河畔の桜並木と当時の自分とを重ね合わせ、「サクラ色の時代を忘れない ずっと ずっと ずっと」と力強く歌う。彼女にとってワシントンで過ごした時間は、ほろ苦くも忘れ難い記憶なのだろう。

 

 その後2003年、自身の制作楽曲が日本でCMソングに選ばれたことを機に、彼女は再び日本へ。各レコード会社に自らを売り込んで回りながら、「南青山MANDARA」などのライブハウスでライブを繰り返し、遂に2005年3月、ミニアルバム『ONE』でインディーズデビュー。そして、同年秋にはシングル『HOME』で遂にメジャーデビューを果たす。この時の彼女は28歳。「ハーフは売れない」「歌手デビューは○歳まで」といった音楽業界のジンクスをことごとく打ち破ってデビューを掴み取った彼女の実力は、このデビュー楽曲”HOME”を聴けばすぐに分かる。「ふるさと 心の中で今でも 優しく響いてる」一歩間違えれば演歌にでも聴こえてしまいそうなフレーズだが、この歌詞がアンジェラの力強い歌声とピアノ演奏で語られることによって、聴く者の記憶の底にある風景をふっと呼び起こす。楽曲全体の壮大なスケールに、日本人の心に迫るメロディ、そしてアンジェラ自身のエモーショナルなパフォーマンス。多くのアーティストがそうであるように、このデビュー曲”HOME”には、既に彼女の全てが詰まっていた。

 

 その後の彼女の活躍は、誰もが知るところだろう。メガネにTシャツ、ジーンズにコンバースというラフな出で立ちで情熱的にピアノを弾き語り、喋ってみれば陽気な関西訛りのお姉さん、という彼女のスタイルは大いに受けた。2006年夏に発表されたアルバム『Home』は大ヒットを記録、同年末には史上初の「ピアノ弾き語りのみの武道館公演」を行う。実はアンジェラは無名時代の2003年、椎名林檎の同会場での公演に感激し、「3年後までに自分もこのステージに立つ」と目標を定めていたそうだ。その夜、彼女は見事にその夢を叶えたのである。また、その後もこの「年末武道館」ライブは、アンジェラの活動における恒例行事となった。

 

 そして2007年、年が明けても彼女の勢いは留まらず、先述の”サクラ色”などのリリースを挟んで同年秋にはアルバム『TODAY』で初のオリコンチャート1位を獲得。翌2008年には、ご存知”手紙~拝啓 十五の君へ~”という後に彼女の代名詞となる楽曲を発表。元々は”手紙”というタイトルでNHK合唱コンクールの課題曲となっていたこの曲は、まさに世代を超えた支持を受けた。今思うとこの楽曲のヒットの理由は、それこそ歌詞の中で歌われる15歳前後の少年少女が歌う「合唱曲」としてイメージがピッタリでありながら、アンジェラ自身が歌っても「彼女らしいバラード」として立派に成立していたところにあったのではないか。根強い支持を受けたこの楽曲は、オリコンチャートでもロングランを記録。その後2009年に発表されたアルバム『ANSWER』も注目を集め、ヒットを記録した。

 

 そんな彼女の活動の1つのピークとなったのが、彼女にとってデビューから5周年を数える2010年である。彼女は薦められたベストアルバムの発表を強い意志で断ってオリジナルアルバム『LIFE』を発売。ライブにおいても、恒例の年末武道館に加えてこの年は故郷徳島での大規模ライブも成功させた。この年アンジェラは、非常に充実したアニバーサリーイヤーを過ごしたのである。

 

 しかし翌2011年、デビューから今まで快調に駆け抜けてきた彼女は再び苦悩と向き合うことになる。前年の「5周年企画」終了後の燃えつき、突然の体調不良、そして震災。様々な要因が重なり、彼女は深刻なスランプに陥ってしまったという。そんな中発表された”始まりのバラード”は、まさにそんな「産みの苦しみ」の中からようやく完成した名曲である。「世界一長い冬にも 必ず春は来る」と歌うこの曲の歌詞は、アンジェラが自分自身に言い聞かせていたことでもあるのだろう。この年発表されたアルバム『WHITE』は、カバー/セルフカバーが大胆に用いられた、彼女のディスコグラフィーの中でも異色の作品となった。

 

 そんなスランプに戸惑う彼女の転換点となったのは、翌2012年の出産である。出産後、なんと彼女は勢い良くスランプを脱して驚異的なスピードで楽曲を制作し、同年6月には”告白”を発表。これまでの生楽器での演奏を中心とした楽曲群とはガラリと異なり、煌めくシンセサイザーの音色が大幅にフューチャーされた、爽快なエレクトロ風味の1曲となった。彼女は単に自らの制作ペースを取り戻しただけでなく、その新機軸まで獲得したのである。そして早速7月には、フルアルバム『BLUE』を発表。産休後の短期間で制作された新鮮なエネルギーに満ち溢れるこのアルバムは、彼女の「再デビュー」作といった趣となった。

 

 その後、”告白”の流れを受ける打ち込みのサウンドが取り入れられた”夢の終わり 愛の始まり”のシングルリリースを挟み、昨年秋には日本での音楽活動休止を発表。そして時間が今に追いつき、今回このベストアルバムが私達の手元に届いたのである。

 

 さて、それでは再び今回のアルバムに目を戻すと、アンジェラ本人による「ベストセレクションCD」と銘打たれたDisc2の楽曲群もやはり聴き逃せない。これまでのアルバムの中で重要な一角を成していた曲が自身のキャリアの中から万遍なく選ばれており、この選曲にはファンも納得だろう。その中でも”MUSIC”、”TODAY”、”ANSWER”などのポジティブなメッセージが詰まったアップテンポな楽曲や、”One Melody”、”LIFE”、”One Family”などの壮大なスケールを持つ彼女らしい「勝負バラード」はシングルカットされてもおかしくない名曲。しかしここではむしろ、アンジェラの多様なチャレンジが見られるその他の楽曲にも耳を傾けてみたい。例えば”宇宙”や”モラルの葬式”といった楽曲は、アンジェラの楽曲の世間的なイメージとは詞も曲もガラリと異なる。次々と展開が変わっていくメロディに、「宇宙」や「モラル」が擬人化された寓話的な歌詞が載せられたアバンギャルドな楽曲であるが、こういった表現も彼女の引き出しには確実に存在するのだろう。また、ジャニス・イアンとの共作による”Every Woman’s Song”や、洋楽的なシンプルな作りのメロディを持つ”Final Destination”など、彼女が併せ持つ洋楽のバックグラウンドも忘れてはならない。

 

 さらにはDisc3のDVDも、総時間150分と充実だ。PVは比較的シンプルな作りではあるが、その分アンジェラ自身の表情を余すところなく追いかけている(そして、全PVで彼女はピアノを弾き語っているのが面白い)。さらに注目なのが、”LIVE HISTORY”と題されたダイジェスト映像で、ここでは彼女のデビュー当時からのライブ映像が、笑いを誘う独特のMCも含めてたっぷりと収められている。

 

  総括するとこのベストアルバムは、アンジェラの渾身の軌跡が詰め込まれたDisc1、シングルを聴いただけでは分からない彼女が併せ持つ独自の世界観が楽しめるDisc2、そして彼女の真骨頂であるライブの映像が楽しめるDisc3と、あらゆる角度から「アンジェラ・アキ」の10年間の活動を深く楽しめるものとなっている。これから彼女の音楽に触れるという人はもちろんのこと、これまでのリスナーも、また新たに彼女の魅力を再発見することができるだろう。冒頭で「幸福な」ベストアルバムと書いたのは、こういうわけである。

 

 さて、ここまで「再発見」という言葉をしばしば使ったが、それでは僕自身が今回のアルバムを通して再発見したアンジェラの魅力とは、何だっただろう。

 

 そもそも、彼女の音楽の「魅力」とは?思わず胸に「グッと来る」メロディや、確かな歌唱力と情熱的なピアノプレイによって成る、胸に迫るパフォーマンス。さらには、それを生で楽しむことができるライブの感動(僕は彼女のライブで涙したことは一度や二度ではない!)。それはもちろんだし、僕自身が彼女のファンである理由の大方はそんなところにあるのだが、彼女の音楽にはもう1つ、他と一線を画す大事なポイントがあるように今回思った。それは、アンジェラ流の「メッセージソング」の在り方である。

 

 少し話は逸れるが、僕はいわゆる「メッセージソング」というのはあまり好きではない。元来ひねくれ者(?)なので、どこか鼻につき、嘘くさく感じてしまう。そんな自分がアンジェラのファン、というのは不思議な話だが、何故だか彼女の楽曲からはそういった印象を覚えることが無い。彼女の歌詞に心から共感し、涙を流す…なんてことはないにしろ、少なくとも「嘘くさく」感じたことなんて一度も無かった。

 

 それは単に、僕はアンジェラの音楽性が好きだからかもしれない。または、1ファンである僕は彼女の長い下積み時代を知っているから、またはライブに足を運び彼女の素のキャラクターを知っているから、なのかもしれない。もちろんそれも重要な要因だろうが、しかしそれだけではないように思うのだ。アンジェラの「メッセージソング」の在り方は、もっと根本的に、何か強い説得力があるように思う。それは何に由来するものなのか。

 

 今回このベストアルバムを聴き、改めて考えたのは―彼女の言葉は、ただただ彼女の内面をさらけ出したところから獲得されているのだな、ということである。どうしても一般的な「メッセージソング」には、自らを「さらけ出す」というより、その道徳的なメッセージで自らを「上塗り」するような、そんなものを感じてしまう時がある(もちろん、他の楽曲を貶める気はないのだが)。しかしアンジェラの場合は違う。彼女は自分の生き様や葛藤を、その中から生まれた何かを、臆することなくストレートに楽曲にぶつけている。言い換えれば、アンジェラの楽曲はそれ自体が限りなく「彼女そのもの」なのである。

 

 それ故アンジェラはしばしば、あまりに直截的な物言いも厭わない。例えばあの”手紙~拝啓十五の君へ~”では、「Keep On Believing、Keep On Believing…」と歌い続けるし、”たしかに”では、「たしかに たしかに たしかに 愛はある」と歌う。何の衒いもなくここまでストレートな表現ができるのは、彼女の言葉が身の内から出た、本当のものである証拠だ。そして、ここまであっけらかんとメッセージが提示されているからこそ、こちらとしてもむしろ清々しく、自然と彼女の言葉を受け入れることができるのではないか。

 

 そんな訳で、彼女の発するメッセージは聴く者全てに普遍的な説得力を持つのだと思う。これこそが、僕が今回のベストアルバムを聴いて再発見できたアンジェラの魅力だった。

 

 さて最後になるが、昨年秋に「アメリカの音楽大学へ留学するため、日本での音楽活動を休止する」という公式HPで発表されたアンジェラからのメッセージを読んで、残念に思いこそすれ、その決断が「納得できなかった」というファンは少なかったのではないだろうか。彼女の次なる目標がグラミー賞であるのはファンの間では周知の事実であったし、そのために彼女はアルバムの中で英詩の楽曲を増やしたり、バークリー音楽院の通信教育を受けたりと、多忙なアーティスト生活の中で様々に具体的なアクションを起こしていたからである。「40歳までに世界で戦えるスタートラインに立ちたい」、多くのファンは彼女の夢を心から応援する気持ちだと思う。

 

 何故なら僕達ファンは、そのように挑戦し続けるアンジェラが大好きだし、その彼女が歌う歌だからこそ、今まで何度も心動かされてきたのだから。(千代祥平)