音小屋・音楽ジャーナリストコース(小野島講座)

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tofubeats『lost decade』

音小屋第6期音楽ジャーナリストコース 最終課題「生涯のベスト・アルバムのライナー・ノートを書く」

 

tofubeats『lost decade』

文・林佑

 

 

 正直な話ねぇ、自分の生涯のベスト1アルバムねぇ、わかんないな(笑)。気分で変わることもあるし、10年後とか経って振り返ったとき「そうでもなかったな」とかいうパターンもあるかもしれないしね。だけど、いままで様々な場所で一緒に過ごしてきた友人。例えば音楽ファンではない中高のクラスメイトに「頼むから、絶対に聴いてほしい」と心の底から強く願うのは生涯通じてこの作品だけだろう。その理由は本作収録曲の“水星”と“LOST DECADE”で語っていこうと思う。

 

 1990年生まれ、神戸育ちのトラックメイカー・DJであるtofubeats。まず、彼がどういった人物なのかを象徴している曲をバイオグラフィー代わりに紹介したい。今夜が田中ぁくんという正体不明の人気Twitterアカウントが、宇多田ヒカルの名曲を大々的にサンプリングしたトラック“Local Distance”を同じく関西出身のトラックメイカー・DJであるオカダダと共作で(名義はdancinthruthenights)ラップしたものだ。

 

 《音楽やる友達居なかったけどそんなに困らずに始まった/掲示板に上げてた.mp3 128kbps まだ中2/tipsやhow toググったな無所属のオタクが狂ったわ/ネットのラジオでかかったらそれでメールが届いたオノマトペ/インターネットが縮めた距離をインターネットが開いてく今日も/チャットで話してる時折顔とか忘れてる/なんか踏み切れないし煮え切らない 気持ち都会の人にはわからない/神戸の端から声だしてるけどちょっとログオフしてたら忘れられちゃうでしょ》

 

 中高生が音楽をやるというと、仲間とバンドを組むというのが常道の一つであるが、彼は一人でトラックメイクをするという選択をした。リリックが表している通り誰も楽曲制作をしている人が周りにいないため、ネットの情報を頼りにキャリアスタート。その後公開した音源がネットラジオで流れ、そこをきっかけに今作にも参加しているオノマトペ大臣がmixiでファーストコンタクトを果たしている。ネットシーンから出てきた彼らしい歌詞、ドラマだ。当時を振り返ってtofubeatsは<大体のことはGoogleに教わった感じ。情報は誰かに訊くっていうより検索エンジン。あとはTSUTAYAで借りてくるっいう。だから、ネットとTSUTAYAがなければ今の自分はない>とも話している。

 

 tofubeatsは2013年に森高千里をフィーチャーした『Don't Stop The Music』でメジャーデビューを果たした訳だが、拠点は東京ではなく神戸のままだ。その理由について、関西版ぴあのウェブページで次のように語っていた。

 

〈東京の人に「神戸でもできるぞ、ざまーみろ」っていうのはあります(笑)。「神戸の人が1位獲ったぞ、シメシメ」みたいなのは。「お前らがシーンや思ってたやろ」っていうのはすごいあります。地方にいる人は誰でもあると思うんですけど、「音楽の中心は東京やと思いやがって」っていうのはあります。実際そうなんですが。だから地方にいるっていうのもあります。地方で100がんばらなあかんところを、東京やったら10がんばっただけで同じ数の人が聴くじゃないですか。そういうこととか、もう、めっちゃ思います。〉

 

 このインタビューを眺めたとき、すぐに引用した“Local Distance”の後半部分のリリックが浮かんだ。確かに彼は自身初のオリジナル流通作品である『Big Shout It Out EP』もネットの口コミだけでiTunesダンスチャート1位を獲得し、インターネットレーベルのマルチネレコーズを代表するまさにネットシーンから生まれた時代の寵児、インターネットの人だ。しかし、トラックメイクのルーツにヒップホップクルーのブッダブランド『人間発電所』を挙げており、彼の身体には確実にヒップホップ文化の血、音楽シーンを地理的に見ていくという感性がある。東京という大きな場所にどう投げかけていこうかという姿勢は非常にラッパー的で、むしろネットはツールという立ち位置が近いのかもしれない。これを読んだあなたはモード学園コクーンタワー、高層ビルが立ち並ぶ新宿をバックにしたアーティスト写真を見て何を思うか非常に興味深い。

 

 では、そろそろ今作『lost decade』の話に移ろう。いやぁほんとうにこのアルバムに会えて嬉しい。いよいよ上の世代から何かと馬鹿にされがちな僕ら世代の時代が幕を開けたって思えた。僕はこのアーティストにJ-POPの未来を託したよ。

 

 “intro”は後回し。2曲目の“SO WHAT!? feat.仮谷せいら”から見ていこう。“水星”のミュージックビデオにも出演している彼女をフィーチャーした一曲はまさにキューティーでジッパーなツンデレガールズポップ。シンセリードとボーカルで、聴いてるこっちの心はウキウキ。キックドラムはまさに恋する少女のハートビート。ピュアなラブゲームにソワソワする乙女isやはりカワイイ。アイドルプロデュース業もこなす彼ながらの作詞センスが光っている。続く“ALL I WANNA DO”、アッパーチューンの4曲目“Les Aventuriers feat.PUNPEE”、AAAのメンバーとしても活動し、J−POPとHIPHOPを繋げていく重要な役割を今後果たして行くだろうSKY-HI a.k.a. 日高光啓をフィーチャーした5曲目は共にメッセージ性の強い流れになっている。すぐにラップ=ヒップホップ=ヤンキーという式が成り立ちがちで苦手意識を持つ人も多いと思うが、そんな身を構えて聴くことはない。そして次が前半のハイライトである“m3nt1on2u feat.オノマトペ大臣”のお出まし。ここはもう難しいこといわない!音楽的な手法とか気になったらググれ!その前に踊れ!踊りまくれ!ガンショット最高!自分の部屋をダンスフロアに変えるんだ。家族に乱舞する姿なんて見られたくないでしょ?ドアはクローズする方向でよろしく頼んだ!何もかも忘れて、何もかもぶっ壊せ!現場で聴きたくなったそこの君、一緒に踊ろうぜ!

 

 中盤にさしかかり、“old boys”を過ぎたらクールダウン。至極のラブソング“夢の中までfeat.ERA”、“No.1 feat.G.RINA”、両曲とも身体に深く沈んでいく。パソコンを開いているなら「tofubeats bandcamp」で検索してみよう。そうすると彼のページから『No.1』を開いてメールをすれば無料で音源がゲットできるはずだ。今度時間があるときにtofubeatsが歌うバージョンも聴いてみてほしい。2曲目には竹内まりやの名曲“Plastic Love”のカバーも収録されているのでこちらも欠かさずにチェックしてほしい。

 

 15曲目“水星”。元ネタは今田耕司が歌う“ブロウ・ヤ・マインド”。シンセリードが揺れるイントロ、ミュージックビデオを100回以上再生した身としては目を閉じると神戸の水面が浮かぶ。初めてこの曲を聴いたとき、「自分が探し求めていた音楽があった」という言葉が口から漏れた。オートチューンで加工された二人の歌声は、哀愁を感るアーバンメロウサウンドにまとわりつく。二人の歌声はオートチューンを使ってゼロ年代R&Bシーンを席巻したAkonT-Painのようなクセの強いものではなく、非常に洗練されたものだ。2010年代の“今夜はブギーバック”だ!」とネットで名前も知らない誰かに評された。僕たちは残念なことにブギーバックをリアルタイムで聴いて誰かと踊ることはできなかった。映画『モテキ』のエンディングで森山未來スチャダラパーがブギーバックを歌っているライブの映像が流れて、ほんとに嬉しくて、誰かと分かち合いたかったけど、まわりの友達は知らん顔だった。自らの音楽遍歴を思い返せば、オレンジレンジの2ndアルバム以降大人数で同じ曲を歌って想いを共有することができなかった。僕にとって、J−POPっていうのはもうそういう機能を果たすことができないんじゃないかと9割9分諦めていた。音楽に傾倒すればするほど、アイデンティティを獲得する代償として孤独を感じた。アーティストが自分の気持ちを代弁してくれる曲、もちろん好きだ。しかしその曲が次第に自分の心に作用する力は薄まっていく。そうなるとレクイエム探しは止まらず、また自分の心情にあった曲を求めていく。非常に不毛で不健康だ。だけどこの曲に出会って考えは変わった。確かにこのアルバムは自主製作盤だし、流通面で莫大に聴く人を増やすのは難しい。iTunes storeで買うことはできてもテレビで流れることはない訳で、tofubeatsがキャリアを積んでベスト盤を出したり、所属レーベルが宣伝費をかけて再発売しない限りこの曲は世間に届かないだろう。カラオケのデータだって、DAMにもJOYSOUNDにもない。だけど、自分が住む小さな世界なら話は変わるかもしれない。これが僕がこの作品をライナーノーツの題材にした理由だ。tofubeatsはインタビューで“J-POPは、ジャンルではなくて「人に聴いてもらう音楽」”と話していた。全くその通りだと思う。音楽ファンであろうと、そうでなかろうと関係ない。“水星”という作品をみんなと楽しみたい。みんなっていうのは、例えば高校時代本当に色々助けてもらった男気溢れる目白ボーイ。決して仲が言いとは言えないけど、三年間一緒に過ごした野球部のキャプテン。小学生の頃から紆余曲折ありながらもずっと仲良くしてくれるローボイスガール、ほんとうにみんなだ。

 

 16曲目、表題曲の“LOST DECADE feat.南波志帆”。この曲名の元になっているのはマルチネレコーズ主宰のイベント名。もう気がついたと思うけど“intro”はこの曲とリンクしていて、実際に高田馬場茶箱で開催されたイベントの音源が収録されている。今でこそ、このアルバムのなかで1位、2位を争うお気に入りの一曲になったのだが、最初は南波志帆の歌声が全く耳に残らず、右から左へと通り抜けた。ただ、聴き込んでいくうちに彼女のウィスパーボイスが愛おしくなり、脳内で残響した。この曲は僕たち世代がぼんやり感じている現在の空気感をそのまま5分42秒に閉じ込めたといっても過言ではない。ボーカルの南帆志保は僕と同い年だ。そんな彼女が

 

《ワクワクする瞬間このときを/わすれないで/わすれないで》

 

 と耳元で囁くように歌う。自分の将来なんてどうなってるかなんてわからない。ただ一つだけ分かっているのは若者として過ごせる時間はもう残り短いということだ。だから僕は「今、この瞬間」を精一杯楽しみたい。失われた10年がもたらしたもの、それは「今を楽しく生きる」という選択肢にほかならない。きっとこの曲、10年後に出会っていたら30歳の僕の胸にはそこまで強く響かなかったはず。この間オノマトペ大臣がツイッターで<年を取ることを許されない音楽と、一緒に年を取っていくことができる音楽がある>とつぶやいていた。この曲は前者側だと思う。“LOST DECADE feat.南波志帆”を好きになれたなら、それはこの時代を好きになれたというのに等しい。せっかくだし、2010年代、もっと楽しんでいこうよ。

 

 どうだろう、このアルバムは気に入っただろうか。もし僕と同じように何を感じてツイッターをやってるならマルチネ界隈のアーティストをフォローしてみてほしい。インターネットの空気感、カルチャーショックを受けるかもしれない。自分が居る場所では想像もつかない、もしかしたら異様な世界が広がっているかもしれない。しかし、その世界と自分の現在地はどこかでリンクしているはずだ。きっと、現場にくればわかると思うよ。